初心者から本格的なプロ養成まで、気軽に楽しく踊れる大阪の社交ダンス教室「鳥居ダンススクール」
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HIRO&YOKO

オーナー紹介/二人の踏歴

私の踏暦40年
「ダンスに賭けた”青春”」鳥居 弘忠

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妻、洋子と共に歩んだ−というより駆け抜けた−2O余年の現役選手生活の中で、 最も忘れ難いのは何といっても「ワールドカップ1O(テン)ダンス選手権」初優勝の時のことである。 ハプニングがあった。予選の最中に私が再び肉離れを起こしたのである。 もう痛くて痛くて—もし踊れなくなったら途中で棄権をしよう・・・・、 と洋子と約束して決勝を踊り始めた。もうこれで自分のダンス人生は終わりかもしれないと覚悟を決めた。 全身全霊を打ち込んで踊り、踊りながら涙が流れてくる。 でも、人間の力は出そうと思えば出るものだ。 一種目ごとの採点が発表されると次々と良い点が出る。 おかげで痛いのも忘れて最後まで踊ることができた。 オナーダンスのパソドブレを踊った後は、ビッコを引いて荷物等持てなかった。 観客、審査員は私達のダンスを涙して喜び、総立ちで拍手を贈ってくれましたが、 私はもう足が使い物にならなくなったと思って悲壮感にくれていた。 そんな私の前にデモの依頼が13人も並んでしまい、嬉しいやら、困るやら…。

そんな私達カップルにとってもう一つ思い出深いのは…。 その前年「全英選手権」第3位入賞の時のことである。 これはダンスの本場で行われる世界で最も権威ある競技会とされており、 歴史・伝統・体形・その他様々なハンディを持つ日本人の入賞は非常に困難であった。 しかし、私達は、この時どうしても勝たなければならなかった。 その2ケ月前の小さな競技会で、決勝に残れなかったからである。 すでに全日本チャンピオンになっていた私達は、このままでは日本ヘ帰るに帰れない。 血のにじむような練習に明け暮れ、それが報われた瞬間の感激はひとしおであった。 これで日本ヘ帰れると夜明けまで洋子と喜び、帰国準備の何とはかどったことか!

苦しみの連続ではあったが、初志貫徹を呆たし、後悔はない。 青春のすべてを賭けて燃焼しつくしたのである。 大好きなダンスは追い求めれば追い求める程、その奥行きの深さで私を魅了し、 私は何度その素晴らしさに感嘆し、圧倒され、そして気がつくと思いもよらぬ数々のタイトルに囲まれていた。 けれども何よりもの幸せは、こうしたタイトルを心から喜んでくださる多くの師、 先輩、友人に回まれていることだった。 私達がメインコーチとしていた、今は亡き、ニーナ・ハント先生は、 チャンピオン・メーカーとして名高く世界一厳しい先生だった。 レッスン時間の大半を1つのステップに何十回、何百回という繰り返しだけで終ることなどざらで、 少しでも気に入らないと叱責は飛んでくるは、時にはわざとらしく私達の踊りを無視するなど、 それは厳しい指導だった。ドレス、へアースタイル、メイクの仕方までこと細かく注意され、 やがてそれら全てが競技という戦場で勝つための秘伝であったことを身を持つて知ることになった。

国内はもとより、12年にわたる日本とロンドンの往復。 その中で得たロンドンでの友人、海外での数々の競技会を通して知り得た各国のチャンピオンの温い友情…。 何よりも大切なものとして心に残ることは、良きライバルであった毛塚道雄と雅子組(ミッキー&モモ)。 私達が初めて英国留学した時は、すでに彼等は日本のチャンピオンであり、世界のファイナリストであった。 彼等はシャープでチャーミングなダンサーだった。 彼等のような強いチャンピオンをビートすることは並太抵ではなかった。 もし、”ミッキー&モモ”の様な世界で有名で強いカップルがいなければ私達の運命も変わっていたのではと思う。 そして双子の兄弟の兄の毛塚鉄雄と山本千恵子組(元、日本インターナショナルチャンピオン)。 彼等は私達を応援し、又、私達は彼等を時には励ました仲である。 41.LAVENDER GARDENSのフラットに滞在中に、洋子の手作りの料理で、 ティーチャーズ(スコッチウイスキー)の水割を飲みながら彼等と東爪カップルを交えて、 ダンスの技術、芸術、等について、又は素晴らしい日本のダンス界を造る事を夢みて、 時には夜中まで熱く語ったものである。

二人一組のダンスは、他のソロ競技の何倍も難しく、それだけに奥深い。 選手であるだけでなく、教師、主婦をもこなしてきた吾がパートナー洋子に敬意を表したい。

平成4年、文部省許可の財団法人日本ボールルーム・ダンス連盟が発足した。 ボールルーム・ダンスはその人の目的や年齢に合わせた楽しみ方、手軽な運動として、 これから本格的な高齢化社会を迎える日本でもっともっと広まってほしいと願っています。 かつては、一部の人の趣味であったダンスを、広く一般社会に広めることが公益法人としての私達の使命です。 全国でスタートしたジュニア・スクールを大切に育てるなど、 いつの日かダンスをオリンピック種目にという夢を失わないで、これからもダンス一筋に歩いて行きたい。

社交ダンスをオリンピック種目に!
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